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Ending Maker
誘木(いざなぎ) (めい)

 私の名前はEnding Maker。物事に"終わり"を与えるのが仕事。
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 物事を終わりにまで導く。それが私に与えられた使命。
 今も、目の前のモノに終わりを与えるため、指先に神経を集中させている。
 物事には始まりがあるように、必ず終わりもある。それが世の(ことわり)。だがこの世には、終わりを迎えられずに日々を悶々と過ごすことを余儀なくされた存在も、少なくない。
 私はそれらの存在に、終わりという安らぎを与えている。"終わり"という事実を作り出す。故に私はEnding Maker。
 私には、別に本職がある。"学生"という、ひどく平凡な職業だ。平凡だが意外に忙しく、テストや受験などという期間に突入すると、(いや)(おう)でも徹夜を余儀なくされる。
 今の私には、英語の単語テストという本職からの使命が課せられている。本来私が手にするのは、単語帳でなくてはならない。
 だが私はEnding Makerとして、今まさに、一つの終わりを目撃しようとしている。
 なぜ私が、単語テストを犠牲にしてまでEnding Maker の仕事に従事するのか。
 理由は簡単だ。
 収入がいいからだ。
 人間、生きていく為には金がいる。いくら縁を切ろうとしても、金と離れて生きていくことはできない。金に嫌われたら生活に必要な衣・食・住のすべてを失うことになる。生きていく限り、金とは付き合い続けなければならない。
 金は友なり。
 だが私は、そんな理由でEnding Makerの仕事に没頭する自分が、実は好きではない。
 だいたい終わりを与えるのは手を出した本人であって、私などはまったく関係ない。なのに単語テストを犠牲にしてまでっ―――――
 しまった。思わず感情的になってしまった。
 特に今相手にしている存在は、手先の動きがコトを左右する。変に感情を高ぶらせては、たとえ終わりを与えてやっても、その結果に満足できないだろう。
 それにしても、なぜ彼女はこんなにも繊細な存在に手を出したりしたのだろうか。彼女がもっとも不得意とする分野ではないか。まったくもって、理解できない。
 だがそれを言うなら、順番待ちをしている他の存在も同じようなものだろう。
 私の周りでひっそりと終わりを待ち続ける彼らに、一瞥を投げた時だった。
 部屋の扉が無遠慮に開けられ、一人の女性が姿を現す。
 彼女こそ、私をEnding Makerに仕立て上げた人物。そして私のお得意様。
 その彼女の手に、また一つの存在が―――

 新手かっ!

 私は身構え、そして初めて見るその代物に目を細めた。
 いつも思うのだが、未知なる存在の相手は厄介だ。本当に満足のいく終わりを与えてやることができるのか、不安を抱かずにはいられない。
 だが彼女は、いつも私の作り出した終わりに満足気な笑いを浮かべ、私に金を握らせてその存在を連れて行く。
 そうして自慢気に周囲へ見せてまわるのだ。
「これっ 私が作ったのよっ ちょっと手伝ってもらったけどね」
 その発言は、正確には間違っている。
 ちょっとではない。この間のクッションなどは、2/3は私の手によるものだ。
 パッチワークもクロスステッチも、トールペイントも刺し子も藍染めも藤細工もビーズ小物も塗り絵もスクラップブッキングも……………
 ボケ防止に良いからと吹き込まれて衝動買いしてきたジグソーパズルなど、10人いるキャラのうち仕上げたのは1人だけではないか。
 だが彼女は、懲りることなく新たに手を出し、そうして途中で飽きてはまた私のところへ持ってくる。
「これさぁ〜 お父さんのセーター編もうと思ったんだけど、疲れちゃった。後やらない?」
 バカヤロウッ! レース編みのコースターも編みきれなかったお前に、なぜセーターが編めるというのだっ!
 彼女が気ままに手を出しては中途半端に投げ出した未完の作品。それらが、私の部屋にはゴロゴロと転がっている。
 それらを完成させるべく、私の単語テストは犠牲にされる。
 作品を完成させるというのなら、Ending Makerと言うよりもComplete Makerと言った方が正しいかもしれない。
 だが、健康ブームを熱弁するスーパーの店員に踊らされて買ってきた青汁や黒酢の完飲も、結局は私が引き受けた。
 そうして、飲み終わって項垂(うなだ)れる私に向かって
「終わった?」
 私の答えはいつも同じだ。
「……… 終わったよ」
 私は、彼女が中途半端に投げ出した物事に終止符を打ってきた。だから私はEnding Maker。
 あの黒酢はマズかった。よりによって、体力測定の前日に押し付けなくてもよかろうに
「明日資源ゴミの日なのよ。この瓶、さっさと捨てたいのよね」
 ならば中身も捨てればよいものを、せっかく金を出して買ったのに捨てるのはもったいないと、激しく理不尽な理由。そして臨時こづかいという卑怯なエサをちらつかせて、私に使命を課してくる。
 さすが母親。我が家の財務大臣。
 家計は彼女の手の上で踊り、私は彼女に逆らえない。
 反復横飛びの成績が去年より落ちたのは、間違いなく黒酢のせいだ。うっ…… 思い出しただけでも―――
 今も、単語テストを犠牲にしてベッドカバーの完成に精を出す。そんな私を見下ろして、作りかけのセーターをポンッと投げる。
「お父さんには、来月のゴルフコンペまでには仕上げるって言っちゃったのよね」
 っんなもん 知るかっ だいたい私…… いや俺は、男だぞっ!
「今回は奮発するわ。5000円でどう?」
 おのれっ!
 飽き性の母親を睨み上げながら、それでも金には勝てない自分を情けなく思う。
 ちなみに今俺の手の中にあるベッドカバーは、明日近くのファミレスの入り口を入って右手の奥から2列目の席で行われる『いきいきウーマン40代の会』でお披露目することになっているらしい。
 すでに先月の16日に40代とは決別したはずの彼女の、厚かましくも有無を言わせないニタニタとした視線。
 俺は思わず舌を打った。

 俺の名前はEnding Maker。
 だが俺は、母親の『中途半端』と『無責任』に終止符を打つ術を、まだ見出せていない。




== 完 ==


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背景イラストはPearl Box 様 よりお借りしています。




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