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birthday
誘木 溟

 扉を叩く音も無視して、私はベッドに突っ伏した。
 向こうから名前を呼ぶ声。ため息が少し混じって聞こえる。
 私は余計に腹が立って、手近にあったマクラを投げつけた。
 だってそうじゃない。
 忙しいのは彼だけじゃない。私だって毎日残業で忙しかった。今日だって、本当はみんなまだ事務所で頑張ってるはずだ。
 肩身の狭い思いをしながら定時であがったのは、彼のため。
 今日は彼の誕生日。
 何が欲しいのか聞いても、明確な答えを返してはくれない。
「欲しい物なんて、別にないよ」
 欲しくもないものをあげても仕方ないか。でもせめて、ケーキぐらいは用意してあげよう。
 そう思って材料買って帰ってきた。
 店で買ったケーキなんて、きっと愛情伝わらない。そう思って頑張って作った。
 生クリームが苦手だから、甘さを抑えたチーズケーキにしてあげた。
 なのに、ようやく帰ってきた彼は一言
「俺、チーズケーキってちょっと苦手」
 その一言でブチッとキレた。
 何も言わずに踵を返し、大音を立てて扉を閉めた。鍵をかけて閉じこもった。
 だってそうじゃない?
 今何時だと思ってるの? もう11時だよ。どれだけ待ったと思ってるの? あと一時間で今日が終わっちゃう。
 仕事で忙しいのはわかってる。今日も遅くなるって、それは知ってた。
 ケーキ作って待ってたのは、それは単なる私の勝手。
 だけどさ、だけどさ、 アレはさすがにないんじゃない?
 最近二人とも急がしくって、一緒にいられる時間がなかった。だからせめて今日くらいはと思ってた。
 彼は休日でも呼び出されることがあって、休めなくって大変そう。
 一緒にいられないのも寂しいけど、そんなコトより、休めない彼が心配だった。
 だからせめて誕生日くらいは、ゆっくりお祝いしてあげよう。
 そう思ってた。
 思ってたのに、あれは何? チーズケーキが苦手?
 生クリームだって苦手じゃない。じゃあ何? チョコレートだったら良かったワケ?
 私は布団を無茶苦茶に掴んで、ブンブンと振り回す。
 誕生日くらい夕食一緒に食べようよって言ったら、誕生日だからって、仕事は待ってはくれないって。
 残念だったけど、仕方ない。だって、お仕事しなくっちゃ生活できない。
 仕事と誕生日と私、どれが大事なの? なんてワガママをゴネるほどバカ女じゃない。
 だからせめてケーキ作って、あったかく迎えてあげよう。
 そう思って早く帰ってきたのにっ!
 私を呼ぶ声はもう聞こえない。
 きっと呆れてるんだろう。何をたかだかケーキくらいで。そう思ってうんざりしてるんだろう。
 そうだ。きっとそうに違いない。私の気遣いなんて、きっと彼にはその程度のモンなのだ。
 私も最近忙しくって、帰るのが遅くってきっと疲れた顔してた。
 彼に悪いな。
 せめて誕生日くらいは、ゆっくり迎えてあげたいな。
 そんな私の気持ちなんて、彼にはどーでもいいコトなんだっ!
 ため息の混じった声を思い出すと、涙が零れた。
 ばか バカ 馬鹿っ!
 ゴロンと寝返りを打つ。
 扉の向こうで着信音。ボソボソと話し声。
 しばらくして、再び私の名前を呼ぶ。
「仕事入ったから、出でくるよ」
 私は横にあった彼のマクラを、思いっきり扉に投げつけた。
 玄関の鍵を閉める音。
 もう 知らないっ!
 勢いよく身を起こし、鍵を開けて部屋を出る。
 なにさっ 仕事なら飛んでくクセにっ 私はほったらかし?
 ズンズンと、ダイニングテーブルへ。
 力作のチーズケーキ。一生懸命作ったのに。
 捨ててやるっ!
 だが伸ばした手は、皿にまでは届かなかった。
 食べかけのチーズケーキ。
 そう、綺麗に半分なくなっている。
 添えられているのは、破ったスケジュール帳の一ページ。

 ありがとう

 一瞬目の前が大きく揺れて、伸ばした手を、テーブルに置いた。
 美味しかったとか、また作ってねとか、そんな言葉はまったくない。
 だって、そんな言葉が欲しかったワケじゃない。
 私が一番欲しかった言葉、彼はちゃんとわかってた。
 じゃあ、彼が欲しかったのは?

「欲しい物なんて、別にないよ」

 私ってバカ。
 項垂れた。
 いっつも仕事で遅くって、帰りが深夜になるコトもある。
 深夜にならないと帰ってこない。
 いや、違う。
 深夜になっても、帰ってきてくれる。
 呼び出されて出て行った玄関。
 本当は、一生懸命早く帰ってきてくれたのかな?
 すっごく自分にため息が出る。
 そもそも、今日って彼の誕生日じゃない? なんで彼が私に気を遣うワケ?
 食べかけのチーズケーキ。
 チーズ一箱全部使った。例え半分でも、きっと食べるの、大変だったろうな。
 でも、こんなに美味しそうなのに。
 見ていると、なんだかお腹が空いてきた。
 キッチンから、お気に入りのティーセットを持ってくる。紅茶もとっておき。
 だって力作だもん。美味しい紅茶と一緒に食べなきゃ。
 美味しく食べて、満足して、そうしてもっと優しくなろう。
 席に着き、背筋を伸ばして両手を合わせる。
「いただきます」
 礼儀正しく頭を下げる。
 目の前には、半分無くなったチーズケーキ。
 でもそれは、優しい優しいHalf Moon。



== 完 ==



novela【Half Moon】エントリー作品


背景イラストはPearl Box 様 よりお借りしています。




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